今回の新着情報はローカルな話題となります。
「ワカヤマソウリュウ(和歌山滄竜)」に関する話題になるのですが、そもそも「ワカヤマソウリュウ(和歌山滄竜)」をご存知でしょうか?
2006年、当時京都大学大学院に在籍していた学生さんが和歌山県有田川町の鳥屋城山で発見した、モササウルス類(滄竜)の化石です。
https://www.asahi.com/articles/ASS9V1QLWS9VPXLB00JM.html
その後、この化石はモササウルス類の中でも新種であることがわかったことから、和歌山県(和歌山県教育委員会)は、この新種を「ワカヤマソウリュウ(和歌山滄竜)」と命名しました。
見た目はイルカの祖先のような感じなのですが、分類的には蛇やトカゲと同じ仲間になり、学術名はメガプテリギウス・ワカヤマエンシス(Megapterygius wakayamaensis)と言うのだそうです。
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/500000/d00215304.html
モササウルス類としてはアジア初の全身骨格化石であり、世界的にも貴重な標本とのことで、和歌山県や地元の有田川町では、この「ワカヤマソウリュウ(和歌山滄竜)」を町おこしに活用しようとしています。
https://www.shizenhaku.wakayama-c.ed.jp/wakayamasouryu/index.html
https://www.aridagawa-kanko.jp/wp-content/uploads/2024/06/606eeab432c192f7ce81b8d738d4d796-1.pdf
ところが、最近になって、「ワカヤマソウリュウ」に関する以下の内容の商標登録出願(商願2024-105348)がなされたことが明らかになりました。
【商標登録を受けようとする商標】
ワカヤマソウリュウ
【指定役務】
35類:飲食料品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,
おもちゃ・人形及び娯楽用具の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,
紙類及び文房具類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,
化石の置物の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,
被服の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,の他、多数の役務を指定
41類:化石の標本・郷土資料・工芸品・生活文化作品・鉱石の標本・文化財の展示,セミナーの企画・運営又は開催,書籍の制作,の他、多数の役務を指定
つまり、この商標登録出願は、飲食料品・おもちゃ・文房具・衣料品のネーミングや或いは化石の標本の展示会のネーミングに「ワカヤマソウリュウ」を使用する権利を独占したい、という意図を持った出願ということです。
案の定、この出願は審査において拒絶理由通知を受けました。
そして、その拒絶理由がこの記事のタイトルにもなっている、商標法第4条第1項第7号(公序良俗違反)であったということです。
具体的には、拒絶理由通知書において、審査官から以下の指摘がなされました。
「当該文字は、和歌山県の有田川町で発見されたモササウルス類の化石の通称「ワカヤマソウリュウ(和歌山滄竜)」を表したものと容易に認識されます。
(中略)
ところで、歴史的・文化的・伝統的価値を有し、豊かな文化の象徴となっている有形・無形の文化的所産、遺跡、自然等(以下「文化的所産等」といいます。)が各地に存在するところ、これらは一般に、関係する地域にとって、一つの地域資源、観光資源となり得るものであり、その名称等を利用した地域興し等も盛んに行われており、かつ、このような名称は、その知名度により強い顧客吸引力を有しており、そのために、それを商標として使用したいとする者も少なくないものといえ、上記したような博物館においては、所蔵、展示している恐竜の名称等、保有する文化的所産の名称を使用した役務の提供を行うことも少なくありません。
そうすると、本願商標を一私人である出願人が自己の商標として、その指定役務について採択・使用することは、和歌山県の観光振興や地域おこしなどの公益的な施策の遂行を阻害するおそれがあり、社会公共の利益に反するおそれがあるものといわざるを得ません。
したがって、本願商標は、商標法第4条第1項第7号(公序良俗違反)に該当します。」
この出願の存在を知ったとき、最初、当職はこの化石の名前を「ワカヤマソウリュウ」に決定する過程において和歌山県や有田川町が発見者との間でトラブルになったからなのではないか(トラブルになったから発見者が出願を強行したのではないか)と思ったのですが、どうやらそういう理由ではなさそうであることがわかりました。
この商標登録出願の出願人が発見者ではなく、また「ワカヤマソウリュウ」というネーミングの発案者でもなかったからです。
因みに、この出願人は化石収集を趣味としている会社員(審査官の表現を借りると「一私人」)ですが、その界隈では有名な方のようです。
発見者でもない(そもそもワカヤマソウリュウとは何の関係もない)、謂わば部外者(一私人)が、なぜ商標登録出願までして商標権(独占権)を得ようとしているのか甚だ疑問です。
ところで、商標登録出願の中には棚ぼた的な登録を狙った出願(通れば儲けものというような出願)がたまにあるのですが、そのような出願は拒絶理由通知がなされると、ほとんどの場合、出願人サイドは応答せずに放置する(諦める)ので拒絶査定となります。
しかしながら、今回の出願については、先日、出願人サイドから応答手続がなされました。
提出された意見書の内容(骨子)は以下のようなものです。
➀本願商標は「ワカヤマソウリュウ」の文字を標準文字で表してなるものだが、これが化石の通称「ワカヤマソウリュウ(和歌山滄竜)」を容易に認識させるとはいえないと考える。(たしかに、通称を「ワカヤマソウリュウ(和歌山滄竜)」と名付けられた新聞報道等はあるが、だからといって、「ワカヤマソウリュウ」の文字から化石の通称「ワカヤマソウリュウ(和歌山滄竜)」が「容易に認識される」ほど周知されていると言えるものではない。)
➁「ワカヤマソウリュウ」からは、県名の「和歌山」や苗字や地名の「若山」が容易に認識されるが、「ソウリュウ」からは、恐竜や水生爬虫類のマニアでない限り「滄竜」(モササウルス類の総称)は認識されない。また、「ソウリュウ」からは、「滄竜」のほかにも、海上自衛隊の潜水艦「そうりゅう」や大日本帝国海軍の航空母艦「蒼龍(そうりゅう)」も理解される。
③したがって、「ワカヤマソウリュウ」の文字からは、化石の通称「ワカヤマソウリュウ(和歌山滄竜)」のみを容易に認識させるとはいえず、多義の「ワカヤマ」と「ソウリュウ」が結合した一種の造語と看取されるはずである。
④「ワカヤマソウリュウ(和歌山滄竜)」の化石が文化的所産等であるとした場合でも、上記のように古代へのロマンなどとはかけ離れた印象をもたらすことがある「ワカヤマソウリュウ」は、一般的な文化的所産等で思われるような地域資源、観光資源となり得るもの、強い顧客吸引力を有するもの、とも言い切れない。
⑤本願の出願人は、単なる一私人(一個人)とは異なり、「サラリーマン化石ハンター」とも称される、化石ハンター、古生物研究者、サイエンスライターであって、大阪市立自然史博物館外来研究員でもあることから、一私人とは異なる重大な社会的責任がある。
したがって、出願人が公益的な施策に便乗して、その遂行を阻害し、公益的利益を損なう結果に至ることを知りながら、利益の独占をはかる意図をもつなどして、本願商標を出願したというような事実は一切ない。
この内容(反論)を読んで、皆さんはどのような感想を持ちましたか?
当職としてはツッコミどころ満載の意見書ですが、特に、➀では「ワカヤマソウリュウ」は化石の通称「ワカヤマソウリュウ(和歌山滄竜)」を容易に認識させるとはいえないと主張しておきながら、⑤で出願人は「サラリーマン化石ハンター」であり一私人とは異なる重大な社会的責任を有していると言及しているのは、ある意味、論理が矛盾しているように(魂胆が見え見えのように)感じました。
また、出願人からの依頼であったことから断れなかったのかもしれませんが、担当している弁理士も弁理士倫理上、どうかと思いました。
和歌山に関係する事案ですので、今後もこの商標登録出願の経過に注目していきたいと思います。