AIと知財

今回の新着情報は前回の新着情報に関連する話になりますが、知財分野におけるに関する司法判断(判決)が日米両国で相次いで示され、知財分野におけるAIの位置づけについて1つの結論が出たので、当職の所感と合わせてUPしたいと思います。

裁判の概要は、DABUS(ダパス)というAIが創作した発明・絵画について、AI自体が発明者・著作者になれるのか否かについて争われたもので、判決は「AI自体は発明者・著作者にはなれない」というものです。
なお、知財の世界(特許権や著作権の世界)では、発明者・著作者が出願および権利取得をする権利(権原)を原始的に保有することになりますので、AI自体が発明者・著作者になれるのか否かということを法律的にどのように考えるのかは、実は根本的な命題であり、非常に重要な解釈になります。(厳密に言うと商標だけは少し異なるのですが、その他の知的財産権は全て、創作した者が出願および権利取得をする権利(権原)を保有することになっています。)

具体的には、まず、日本においてはDABUSを発明者とする特許出願がなされたのですが、以下の経緯をたどって裁判となり、最終的(控訴審)に原告(出願人側)の敗訴となりました。
(1)コンピューター科学者のスティーブン・ターラー氏(Stephen Thaler)が、DABUSに発明を考えるよう命令し、DABUSが回答(出力)したフラクタル形状を用いた容器の構造について、発明者をDABUSとし、出願人をスティーブン・ターラーとするPCT出願を行った。(PCT出願はその後、公開番号WO2020079499として国際公開)
(2)スティーブン・ターラー氏は、当該PCT出願を基礎とする日本出願(特願2020-543051)を行った。
(3)日本出願の審査段階(方式審査)において、日本国特許庁から「発明者は人(自然人)の氏名を記載しなければならない」との補正命令を受ける。
(4)出願人であるスティーブン・ターラー氏は、これを不服として、行政不服審査法に基づく審査請求を行ったが、審査請求を棄却する裁決がなされたので、出訴。
(5)第一審(東京地裁)、控訴審(知財高裁:令和6年(行コ)第10006号)とも、原告(出願人)が敗訴。
なお、原告(出願人)は上告することが可能ですが、上告審は事実審ではないので、結論は変わらないと思われます。つまり、司法判断として結論が事実上、確定したものとなっています。

次に、米国においては、DABUSが創作した絵画について著作権申請がなされたのですが、以下の経緯をたどって裁判となり、最終的(米連邦最高裁判所)に原告(出願人側)の敗訴となりました。
(1)スティーブン・ターラー氏(Stephen Thaler)が、DABUSに絵画の創作を行うよう命令し、DABUSが回答(出力)した絵画について、米著作権局に著作者をDABUSとする連邦著作権の登録を申請した。(因みに、作品名をA Recent Entrance to Paradise(楽園への新たな入り口?)と言うのだそうです。)
(2)米著作権局は、著作権の成立には人間の著作者が必要であるとして申請を却下。
(3)スティーブン・ターラー氏は、これを不服として、出訴。
(4)第一審(コロンビア特別区連邦地方裁判所)、控訴審(連邦控訴裁判所)、上告審(連邦最高裁判所)とも、原告は敗訴し、司法判断として結論が確定したものとなっています(資料)。

このように日米ともに「AI自体は発明者・著作者にはなれない」という判断が示されたのですが、この2つの司法判断をどう評価するのかについては注意が必要です。
その理由は、結論(判決)に至った根拠(論旨)が、日米ともに「そもそも法律には、発明者・著作者となるのは「者」、すなわち人(自然人)としか記載されていないから」というものだからです。(細かい話になりますが、法律は「者」、「物」、「もの」を使い分けており、これが非常に重要な意味を持ちます。)
つまり、今の法律はAI自体が創作をすることを想定せずに制定されているものであるため、今の法律を適用する限りにおいては「AI自体は発明者・著作者にはなれない」という結論しか導けない、ということなのです。

しかしながら、AIが創作した発明や著作物(以下、AI創作物と呼びます)は、今後ますます増加していくことが予想されます。そして、これらAI創作物には、その全てについて当然に知的財産権が発生し、その中にはビジネス上、価値を持つ物も出てくることが予想されます。従って、AI創作物に基づいて発生する知的財産権の取扱いが問題となるケースが増加していくことが予想されます。(既に、弊所の無料相談会においても、AI創作物を用いたビジネスを考えられている方が相談に来られ始めています。)

このような知的財産権の取扱いを考える場合、やはり考えなければならないのは、誰が権利者になるのか、言い換えると誰を権利者にするのか、ということです。
この「AI創作物について誰が権利者になり得るのか」については、現在、以下の3つの考え方があります。
(1)原理原則に立ち返って、実際に創作活動を行ったAI自体が権利者になる資格を有するとする考え方。(法律的には「者」を「者および物」や「者およびAI」に改正する?)
(2)そもそもAIは権利者になる資格を有さず、AIに創作を命令した者(人)が権利者になる資格を有するとする考え方。(法律的には「者」はそのまま?)
(3)AI創作物については誰も権利者になれないとする考え方。(法律的にはAI創作物は発明に該当しない旨の規定を新設する?)

そしてこの3つの考え方ですが、今回の判決によって、(1)の考え方は否定されたものとなりました。
そうすると、(2)、(3)のいずれかの考え方を採用することになってくるのですが、(3)のAI創作物に関して無法地帯化とすることについては、トラブルの元になるので法律的に考えにくく、ビジネス(収益を図るという経済活動の根本)の観点から見ても考えにくいと思います。
従って、当職の所感としては、AI創作物について誰が権利者になり得るのかについては、(2)の考え方で議論(法改正の議論)が進んでいくものと予想しています。
また、これを裏付けるように、既に(2)の考え方で特許出願がなされ、特許査定を受けている事例(特許第7734902号)もあります。当該特許は、出願人(特許権者)は人(個人)ですが、実は出願人がAIに命令してAIが実際に創作した発明に関するものです。つまり、AI創作物であっても、発明者および出願人を人(者)にすれば今の法律の下でも問題なく出願ができ、権利が取得できるということになります。

ただ、(2)の考え方で進んで行くと、問題となるケースが今後出てくるのではないかと当職は思っています。
具体的には、AIは人間が命令することで動き、回答(出力)しますが、その命令文(プロンプト)の内容や表現によって、生み出される結果物(知財の場合はAI創作物)の内容やレベルも変わってきます。AIを使いこなすためには、命令文(プロンプト)の高い作成能力が求められるのです。
上記した特許(特許第7734902号)も含めて、まだ今のところは或る意味、遊び感覚でAIを使って様々なことを試している段階ですが、今後、AI(半導体)技術が進歩して、ビジネス上においても有用な結果物をAIが生み出すことになってくると、命令文(プロンプト)は複数の人間や組織が関与して試行錯誤しながら緻密に作成されることになってくると当職は思います。
それこそ、多くの技術者・開発者が日々、行っている実験・試作・テストと同じような流れで命令文(プロンプト)の作成作業が行われることになってくると当職は思います。
或いは、最初の命令文(プロンプト)は人間が作成しても、AI創作物を生み出した直接(最終)の命令文(プロンプト)は最初の命令文(プロンプト)の結果物に基づいてAIが作成したものであるというようなこともあり得るかもしれません。
そうなってくると、(2)の考え方でも誰が権利者になる資格を有することになるのかが、よくわからないことになってくるのではないかと思います。
つまり、「誰がAIに創作を命令した者になり得るのか」についてのルール作り(法整備)が必要になってくると当職は思います。
このような観点についての議論や提言は、知財を専門としている学者たちの間でもあまりなされていないように思いますので、注目していきたいと思います。