「ゆっくり茶番劇」事件のその後

今回の新着情報は、以前、世間を騒がせた「ゆっくり茶番劇」事件についてです。
今般、「ゆっくり茶番劇」の商標権(登録第6518338号)について進展があったので、新着情報としてUPしたいと思います。

「ゆっくり茶番劇」の商標権(登録第6518338号)については、以前の新着情報において、権利が発生してから放棄手続が完了するまでの間(2022年2月24日~2022年6月8日の期間)は権利が存在している状態になっていることを指摘させて頂きました。
その後、株式会社ドワンゴが、この期間の商標権を潰すため「ゆっくり茶番劇」の商標権について無効審判を請求しておりましたが、先日、この無効審判の審決が出て、その内容が公開されました。
無効2022-890065号(ゆっくり茶番劇、無効審決)

そこで、今回の新着情報では、この審決謄本の要点を抜粋して纏めてみたいと思います。

まず、無効審判を請求する際、請求人(今回は株式会社ドワンゴ)は、登録商標(今回は「ゆっくり茶番劇」)が商標法の何条に違反して登録されたものであるかを主張します。これを請求理由と言います。
今回、株式会社ドワンゴが主張した請求理由は以下の4つでした。
 3条1項柱書 違反:登録査定の時点で未使用であるだけでなく、将来においても使用する
           意思・予定の無い商標について商標登録がなされたという主張
 3条1項3号 違反:単に商品の産地、販売地、品質等又は役務の提供の場所、質等のみを
           表示する商標について商標登録がなされたという主張
 3条1項6号 違反:需要者が何人か(特定の法人や個人)の業務に係る商品又は役務である
          ことを認識することができない商標ついて商標登録がなされたという主張
 4条1項7号 違反:公序善俗を害するおそれがある商標ついて商標登録がなされたという主張

そして、審決で特許庁は各請求理由について以下の判断を下しました。
 3条1項柱書 違反:違反無し(柚葉氏の勝ち)
 3条1項3号 違反:違反有り(株式会社ドワンゴの勝ち)
 3条1項6号 違反:違反有り(株式会社ドワンゴの勝ち)
 4条1項7号 違反:違反有り(株式会社ドワンゴの勝ち)
なお、請求理由の内、1つでも違反があれば商標権は消滅しますので、結論としては株式会社ドワンゴの勝ちということになります。

次に、各請求理由に関する、請求人側(株式会社ドワンゴ)の主張内容、被請求人側(柚葉氏)の反論内容、特許庁の判断結果は、簡単に纏めると以下のような内容でした。重要と思われる部分を赤字にしています。

  請求人側の主張 被請求人側の反論 特許庁の判断
3条1項柱書 違反

・登録査定の時点で柚葉氏が使用している事実が発見できない
・登録になってから、ライセンス契約等の告知を開始している

→ 登録査定の時点で未使用

提出した証拠から、柚葉氏は使用している。
(尚、証拠は公開されていないことから内容は不明)
 
 
  

登録査定時における柚葉氏の使用の事実は認められないが、使用の意思・予定が無かったとまでは言えない
 
 
  
 

3条1項3号 違反 提出した証拠から、「ゆっくり茶番劇」は約6万件の動画において多数の人々に使用されている。

→「ゆっくり茶番劇」は役務の質を表示する商標であって識別力がない商標である。
また、一私人に独占させるものではない。
  

提出した証拠から、「ゆっくり茶番劇」は、「ゆっくり実況・解説」に比べヒット件数が少ない。

「ゆっくり実況」:約800万件
「ゆっくり解説」:約468万件
「ゆっくり茶番劇」:約17000件

→ よって、役務の質を表示する商標ではない。

3条1項3号 違反の判断において「ゆっくり実況・解説」のヒット件数を基準として判断しなければならない理由は無い
また、約17000件は決して少ない件数ではない
  
  
  
  
  

3条1項6号 違反 「ゆっくり茶番劇」は動画だけでなく、電子書籍(出版)やゲームにおいても多数の人々に使用されている。

→ 需要者が何人か(特定の法人や個人)の業務に係る役務であることが認識できない商標である。

上記のヒット件数から、「ゆっくり茶番劇」は広く知られていたわけではない。
  
  
  
  
  
  
  
  
  
請求人提出の証拠によって、「ゆっくり茶番劇」は動画のジャンル・カテゴリーの1つを表したものに過ぎないものである。

→ よって、需要者が何人か(特定の法人や個人)の業務に係る役務であることが認識できない商標である。
 

4条1項7号 違反 被請求人の行動(時系列)

・商標出願の異議申立期間が経過した直後に、被請求人はツイッターでライセンス料(10万円)の告知を開始。
・このツイートに対して約3万件の抗議のリツイートがなされ、9590件の関連記事が投稿されて社会問題に発展。
・その翌日に被請求人はライセンス料領収の意向を撤回

これらの事実によれば、被請求人は、多くの需要者が本件商標を使用し又は使用を欲していることを十分に認識した上で、本件商標が登録されていないことを奇貨として本件商標を出願したものであり、登録の暁には、多くの需要者から使用料名目で金銭を請求できるとの不正の目的をもって本件商標を出願したことは明らかである。
  
  
  
 
  
 
  

被請求人が商標登録した目的は以下のとおり。

・商標を守りたいと考えていた
・投稿者間では非常に陰湿ないじめ、嫌がらせ行為が日常的に起きていたため、そのような状況を改善したいと考えていた
・本件商標を用いた動画のジャンルを明確にしたいと考えていた
・著作権侵害などがあふれていたことから法の遵守を徹底した管理をしたいと考えていた

→ SNSで公表したことにより炎上してしまったことは事実であり、その最初の発表方法自体は間違っていたと被請求人も感じている。
しかし、被請求人がSNSで公表したのは、第三者とのトラブルがあり、その第三者向けのつもりで強めの主張を行なったものである。
10万円についても振込口座などは一切開示しておらず、すぐに10万円という条件もなくしている。

被請求人は他の投稿者が「ゆっくり茶番劇」に関する動画を投稿していることを知っていたといえる
このような状況において被請求人が「ゆっくり茶番劇」の使用を制限し、年間使用料10万円を徴収しようとすれば、無用な混乱を起こさせることは当然に予想できたことといえる。
被請求人は、嫌がらせ行為があったことや著作権侵害があふれていることなどを主張するが、仮にそのようなことがあったとしても、そのような行為を行っていない者の全てに対して、無用な混乱を招いてよいものではない。

→ よって、このような混乱を招くおそれがある本件商標の登録を認めることは、社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反するというべきである。
  
  
  
  
  
  
  
  

 

最後に、当職の感想ですが、今回の審決で注目されるのは4条1項7号 違反(公序良俗違反)が認定されたことだと思います。
特許庁の判断において認定された、「他の投稿者がゆっくり茶番劇に関する動画を投稿していることも知っていたといえる状況において、ゆっくり茶番劇の使用を制限し、年間使用料10万円を徴収しようとする」という、柚葉氏の行為は、審決謄本にも記載されているとおり、「社会公共の利益に反し、社会の一般的道徳観念に反する」ものと言わざるを得ないと思います。
また、この審決は、担当した弁理士に対しても言い渡された(諭された)ものと当職は考えます。(まあ、一旦、登録を認めた特許庁もどうかとは思いますが・・・・)

但、前回の新着情報でも記載しましたが、今回の事件は担当した弁理士がきちんとした(毅然とした)対応をしていれば十分に防止できた事件であったと当職は考えています。
今回公開された審決の内容を受けて、改めて当職は、これを反面教師として今まで以上に気を引き締めて弁理士活動を行いたいと思います。

※:今回の審決に対しては、双方が裁判所(知的財産高等裁判所)に審決取消訴訟を提訴することができますので、推移を見守る必要があります。
2023.10.30追記:当該審決については、審決取消訴訟がなされず、2023.9.12日付にて審決の確定登録がなされました。これで、「ゆっくり茶番劇」の商標権(登録第6518338号)は、「初めから存在しなかつたもの(商標法第46条の2第1項)」とみなされることになり、完全消滅しました。めでたしめでたしです。